どこまでやるんだ!関西不動産三田会  佃 順詞(S57法)

関西不動産三田会の設立30周年を迎えるにあたり雑感など綴ります。

 私は卒業して8年半の間は大手不動産会社に勤めていて、その間は特に三田会との接点も関心もありませんでしたが、いざ家業に入ると、仕事をしていく上で人脈作りの必要を感じて、経営者の若手団体である大阪青年会議所(JC)と、地域の三田会である大阪慶應倶楽部に入会いたしました。それからまもなくして、関西不動産三田会の設立案内をいただき入会した1992年6月以来の会員となります。

 そして、家業が不動産仲介業ということで、翌1993年4月から2013年3月までのちょうど20年間にわたって事務局担当世話人、その後10年間は情報部会担当世話人を仰せつり、長年本会と関わり続けてまいりました。

 設立当初は会員も少なく、いかに会員拡大を図るかに重点をおき、とにかく楽しくて役に立つ三田会にしようと試行錯誤しておりました。月例会、勉強会、見学会、情報部会、ゴルフコンペ、麻雀大会、ボウリング大会、若手名刺交換会、研修旅行などの行事。関西の各三田会、国内外の研修旅行での訪問先の各三田会、早稲田・関西学院・同志社等の他大学の団体、そして東京・中部の不動産三田会などとの交流。とにかく考え得る多種多彩な活動を企画・実施してきました。さらに、その案内と報告などを載せた会報を毎月発行・郵送して、その出欠をFAXで回答いただくというスタイル。今振り返るとどこにそんな時間やエネルギーがあったのかと思うばかりですが、無我夢中で三田会のあらゆる可能性をトコトン追求していたのかもしれません。

 時代は流れ、効率化やデジタル化は進みましたが、会員と会との距離が少々離れてしまった様にも思います。もしかすると非効率でアナログなことがその距離を縮めてくれるかもしれません。

 人間は一世代30年といいますから、本会も第一世代から第二世代へとなります。まさに激動の世の中ではありますが、常に時代の変化に対応しながら、これからも会員による会員のための楽しく役に立つ三田会であります様に思い願っております。

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